「正しい夫婦」とは?
こんにちは、ハッピーカムカムの三島です。
突然ですが、「正しい夫婦」って何でしょうか?
一昔前までは、女性が結婚し働くことさえ
「正しい夫婦」とされていない時代もあったものです。
社会の流れ、時代とともに変わっていくものかも
しれません。
世間一般論を自分にあてはめ、
「正しい夫婦」でありすぎることや未来を完璧に
描きすぎでも、そうでなくなった時のがっかり度も
大きいものかもしれませんネ。
1億人いて1億人の顔、個性があるように血が繋がって
いない者同士が結婚し寄り添い毎日を共にし喜怒哀楽
をある種共有する
というのは「努力」「感謝」「忍耐」
そして相手の立場を理解しようとする
「心」あってこそ継続するものかと思います。
夫婦の形もさまざま
そこで、
「あの夫婦はこうして上手くいってるから」
それを自分に全てあてはめたとしてはたして全てうまく
いくか?
これもまた人によってはまた違う結果かもしれません
よネ。
この年になると多くの夫婦を垣間見ます。
マイホームパパが、突然熟年離婚。。。
「俺は絶対、どんなに素敵な女性があらわれた
としても今の奥さんと別れることは考えられ
ない!」と断言した人が変わったり。
逆に大丈夫かな~~と心配してた人が
奇跡の縁をつかんだり・・・
それこそ出会いや別れは様々な奇跡や
人の予測を超えるところにあったりもしますよネ。
大切なのは「タイミングをみた会話」
私は夫婦間で大切かなと思うのは
先ず「会話」と「タイミング」だと思います。
同じことをいうのも相手が疲れて帰ってきた
ところをなじるように言っても
それはいい返事はくるでしょうか?
「コミュニケーションの方式」で
「美点凝視」というものがあります。
人の欠点を探す事はたやすいことですが、
自分にもはねかえってきやすいものでもあります。
逆に人の良い点をみつけることは欠点をみつける
ことよりも難しいと思いますが、
それもまた自分にかえってくるものかと思います。
そうはいっても完璧な人間なんていないわけですから
お互い様の部分もあり、
そこは日々自己成長に尽きると思います。
その上で要のことは相手が冷静に話せるタイミングを
みて「会話」をすること。
相手に求めすぎないこと
何が問題なのか?
どうしたら自分たちの関係がよりよくできるのか?
人間が主体的欲求がある以上、
ひょっとしたら解決というのが世の中にいう
「正しいもの」とは違うかもしれません。
「誠実である」ことと「正しいこと」
が時にはその言葉の枠にはいりきらないこともあり、
単純な善悪でははかりきれないことも沢山
あるかと思います。
だからこそ「相手を理解しようとし、何がでは
自分も許容できるのか」という気持ちが
お互いに必要なのかと思います。
自分が100%を望まれてもそれは誰だって
キツイですよね
相手に全てを要求しすぎない、でも要だけは
おさえておき腹八分目くらいに考える余裕も
長く生活する上では必要かもしれませんね。
家に帰っていつも100%を要求されると
思い、正しくなきゃ、正しくなきゃ、、、
とあればあるほどかえって居心地が悪く
なることもあるかもしれません。
お互いがお互いを思いやる
お互いにとっての「居心地のよい環境」を
「要」をおさえてつくりあげ
3歩前歩いては2歩下がることもあり、、
そんな風に切磋琢磨しながら共に
生き続けるものかなと思います。
ベクトルが同じであれば、
手段方法は十人十色で当たり前、それを
会話しながら時に軌道修正しながらベクトル
に向かって進んでいければよいのでは☆
だから、世の中には多くの夫婦という形が
あり、
それは動物でなく人間という精神性があるが
ゆえ奥深いものかと思います(^∇^)
何がいいたいか、というと
自分の人生は、自分で最終的に決めるものです。
「人と比較しない生き方」
を二人で創り上げ、それぞれのオリジナルを
ハッピーを築きあければそれでいいのでは☆
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